捕鯨で揺れる太地町は普遍的な問題の象徴

映画「おクジラさま」佐々木監督に聞く

 

映画「おクジラさま」の佐々木芽生監督

映画「おクジラさま」監督・プロデューサーの佐々木芽生氏=東京・日本記者クラブで8月4日

捕鯨問題で世界中から突然注目された和歌山県太地町の困惑を追ったドキュメンタリー映画「おクジラさま~ふたつの正義の物語」。9月9日からの公開を前に、製作した佐々木芽生(めぐみ)監督が日本記者クラブで8月、製作に至った背景や取材の裏側を語った。主張を訴えるドキュメンタリー作品が多い中、あえて価値中立的な立場を取ったと話した。

佐々木監督はニューヨーク在住。本作製作のきっかけは、2009年に当地で公開された映画「ザ・コーヴ」に衝撃を受けたからという。その前から、米国のマスコミの、捕鯨問題の報道の仕方に複雑な思いを抱いていた。反捕鯨派の「日本ではこんな酷いことがされている」というメッセージばかりが流されていた。

「ザ・コーヴ」が公開され、2010年にアカデミー賞を受賞した後ですら、映画への日本側の反論はなかった。太地町長の説明くらいで、「ザ・コーヴはひどい」といった批判も聞こえなかった。捕鯨についての日本からの説明も、なぜかアメリカには届かなかった。

この状況が背中を押した。「このままでは反捕鯨派の一方的な意見だけが流れ、日本の声が世界に届かない。それはまずい。海外在住の日本人で、ドキュメンタリーを撮っている自分が作るべきだと考えた」と話した。

捕鯨問題は難しいテーマだと分かっていた。ただ、リサーチ取材を進めるうちに、その向こうに普遍的なテーマがあると思うようになった。

日本側の発信の問題が一つだ。SNSなどデジタルメディアの時代に、日本からの発信が皆無に等しい。捕鯨派の声が少ないから、声の大きい側に世論が偏って形成される。

根底には日本と西洋のコミュニケーション文化の違いがある。

「日本的なコミュニケーションは、言わぬが花、言葉で反論するのはみっともない。でも、欧米では、自分の意見を発表・発信しないと、何も考えていないと思われ、好き勝手言われてしまう。沈黙は、相手の言うことが正しいと追認したことになる」

だから、イルカ漁が残酷だと批判された時、日本側の沈黙はそれを認めたことになり、世界中に広まってしまった。

おクジラさまのチラシとパンフレット

映画「おクジラさま」のチラシと、クジラ模様がかわいいパンフレット(左下)

価値観の違いもまた普遍的な課題だ。海外vs日本という内外の対立ではなく、実は、日本でも米国でも、異なる価値観は国内にある。都会と地方だ。都会と地方の価値観の乖離が問題だと気付いた。

「都会に住む人は、グローバリズムに恩恵を得て世界の流れについていける。だが地方には、それについていけず、古い伝統と文化を尊重している人々がいる。都会と地方とで、生活スタイルや考え方が分断されている」

2016年から17年にかけての世界の動き――英国のEU離脱やトランプ政権の誕生は、地方の人々が、実はグローバリズムに大きな不満を抱いていることの一つの現れではないか、と佐々木監督は見る。

「太地町で起きていることは、世界中で起きていることの縮図。世界の分断、価値観の衝突が、太地町を描くことで見えてくると考えた」

さらに、「動物の権利」問題がある。

監督は当初、南極の調査捕鯨やIWC(国際捕鯨委員会)にも取材に行ったが、そのうちに、太地町のイルカ漁の問題は、「捕鯨」にあるのではないと考えるようになった。世界中で最近活発に議論されるようになった「動物の権利」の問題だと分かってきた。動物にも人権のような権利があるとして、動物の福祉を訴える考え方だ。水族館や動物園が動物に芸をさせるのをやめさせよう、動物の権利にとってよろしくない、と主張する。太地町はこの問題の象徴でもあった。

佐々木監督はそうした問題意識を、「賛成・反対から一歩下がって描くことを意図した」という。

最近のドキュメンタリーは、あらかじめ製作者が持っている意見を、見ている人に提示する作りが多い。捕鯨側の「これは伝統です」という言い分だけを描く映画にしてしまうと、反捕鯨の主張だけを訴えた「ザ・コーヴ」と同じ、意見の押し付けになってしまう。価値中立的な映画が少ない中、佐々木監督は、「反対・賛成も含め、いろいろな視点からの多様な意見や考え方を見せられれば。見る人がいろいろ考えてくれればいい」。

特に捕鯨問題は複雑ながら、二項対立で、賛成か反対か、黒か白か、の構図だ。「描き方によっては、双方の対立や憎しみが深まってしまう。両方とも自分が正しいと見ている。それは価値観の違いであり、どちらかが良い・悪いではない。なぜ相手がそう考えるか理解するには、コミュニケーションが解決策になる」

「おクジラさま」監督の佐々木芽生さん=日本記者クラブで

「おクジラさま」の編集には約1年かかったという。監督・プロデュースの佐々木芽生氏=日本記者クラブで

一番苦労したのは主人公をどうするかだったという。いろいろな人が様々な意見を言う。最終的に、ジェイ・アラバスターという米国人ジャーナリストを語り部的に配した。主人公というより、彼の案内で問題を見ていく形だ。

米国人なのに日本に長く住む彼は、日本人で海外在住の佐々木監督とは逆の立場。太地町の出来事を引いた目線で見ており、多くの点で意見が一致した。「彼が言うことは私が言いたいこと。それに、日本人の私より、米国人の彼が言うほうが、説得力を持って伝えられる。素晴らしい役割を果たしてくれた」

撮影には約6年、編集に1年をかけた。米国でのプレミア上映では、「驚いた、シーシェパードに代わって謝りたい」と話す米国人もいたという。一方で、動物愛護の人からは科学的データが少なすぎる、イルカの賢さをもっと示すべき、などと求められもした。賛否だけでなく、「捕鯨にまつわる、いろいろな考え方を理解してもらう一歩となれば」と佐々木監督。

集英社から8月25日に著書『おクジラさま ふたつの正義の物語』も発売された。映画製作の過程、背景、関連情報、人と動物の関係、欧米と日本人の考え方の違い、歴史的背景なども書いた。

佐々木監督は87年から米国在住。フリージャーナリストを経て、日本の報道番組用の取材制作をしてきた。2010年に「ハーブ&ドロシー」で映画監督デビュー。本作は第21回釜山国際映画祭コンペティション部門の正式招待作品となっている。9日から、東京・渋谷ユーロスペースほかで順次全国公開予定。

(2017・9・4、元沢賀南子執筆)