アートフェアが世界的に人気なのは、画商や作家と直接、出会える機会であり、気に入った作家の作品をいち早く入手できる場だから――こんなことが9月9日、アートフェアアジア福岡の特別講演「世界のアートマーケット」の中で紹介された。個人コレクターはいつでも収集を始められ、かつ、価値ある個人コレクションが形成できれば、将来、売り抜きたくなった場合の「出口」戦略として、オークションの場があることも紹介された。
講師は、オークション会社「クリスティーズジャパン」の大胡玄氏=上写真右。個人コレクターの出品・落札を担当している。
講演会では、7兆円市場であるアート市場全体の動向について概説した後で、フェアの状況や長所を紹介した。それによると、アートフェアは現在、「アートバーゼル」(3月香港、6月スイス・バーゼル、12月マイアミ)、「フリーズ」(5月NY、10月ロンドン)のほか、アジアの各重要都市(1月シンガポール、3月東京、11月台湾、他に上海、ソウル、北京など)でも開かれている。国際的なアートフェアでは、コレクターは、公開前日に開かれるVIPオープニングに駆けつけて作品を購入するという。
最大の「アートバーゼル」の3会場には、巨大ギャラリーが必ず出展し、目玉となる作品を持って来るという。特に6月のバーゼルは頂点で、世界の動向が分かるため、盛り上がるという。「VIPはオープニングにプライベートジェットで駆けつけ、開場と同時に、走って目あての画廊に行かないと、欲しい作品が買えないほど」だと大胡氏。
フェアのほかにオークションもある。2月ロンドン、5月NY、香港、10月ロンドン、11月NY、香港などと、隔月ペースで開かれており、フェアと双方回るコレクターは毎月どこかへ行くので多忙だという。
常設のオークションのほかに、チャリティー目的で新作を集めたオークションが開かれることもある。海外では一般的だ。アートフェアの人気作家は画廊に行っても長いウエイティングリストの末尾に回され、コレクターが作品を手に入れられるのは2年後などになる。そうした人気作家と懇意の主催者が、新作を依頼して出品する。本来なら何年も順番待ちをする作家の作品が、オークションなら競り落とせれば買えるため、コレクターが落札しようと集まるのだ。
例えば、俳優のレオナルド・ディカプリオは、アートコレクターとしても知られる。自ら運営する動物保護団体に売上を寄付するため、懇意の作家に新作を頼んでチャリティーオークションを開いた。美術家の村上隆も、311後に開いたチャリティーで6億8000万円を売り上げた。売上は慈善団体に寄付するので、支援に賛同するなら1点新作を分けてくれと、村上が直接、知己の作家たちに頼んで作品を集めたという。
いつでも始められる個人コレクター、アートのある暮らしは目の悦び
大胡氏は、アート作品の価値を決めるものとして、4要素を挙げた。①市場価格②修復歴(加筆や修復の有無など状態の良さ)③来歴(誰が所有していたか、どの展覧会に出品されたか)④希少性(入手困難か、市場に出たことがない「新鮮」な作品か)。うち、④が特に重要で、入手が難しければ値は上がる。ただ、美術品は購入後すぐ値が上がることはまれで、基本的には時間的な評価が必要だ。人気がないと淘汰され、人気があると値が出る。美術品としての価値・評価が上がるには、60年~100年くらいかかるという。
個人のコレクションは50年くらいかけて形成する。アートを買う場合、スタートはみな一緒だ。購入時には将来価値は分からない。上がるかもしれないし、淘汰されてしまうかもしれない。良いと思って買った作品でも、好きじゃなくなればオークションで手放す。そういう入れ替えを50年くらいかけて続け、好きな作品だけがコレクションとなる。
「アートは、コレクションを形成する楽しみがある」と大胡氏は強調する。元々アートが好きな人にとっては、長年ギャラリーに通って、好きなものだけを残したら、結果、コレクションになっていた、となる。作家や画廊と深い親交があれば、より良い内容になるだろう。
「アートは、居間などに飾って、ともに暮らすのが一番の喜び。時間が経ってから評価される価値や値段は気にせずに、ただ好きだから買う。家に飾りたいから買う。それが目的で集めて、最後にコレクションになる楽しみがある。それがアート」と、大胡氏。フローとして得られるものは、キャッシュなどの経済的な価値ではなく、日常生活に豊かさと潤いをもたらす人としての喜びであること。そこが他の投資とは圧倒的に違う。
過去、実際にオークションに出品されたコレクションを見ても明らかだ。コレクターが生涯をかけて収集したものが、亡くなった前後にオークションを通して次世代の収集家の手に渡る。1点ずつではなく、収集の理由を説明して売りに出す。財産価値が確定すると、結果的にひと財産を築いていたことが明らかになる。
例えば、『ジュラシック・パーク』作者の故「マイケル・クライトン・コレクション」。2010年5月にNYでオークションにかけられ、計100億円になった。マイケル・クライトンは、シカゴ生まれ、ハーバード卒の医者、小説家で、08年に66歳で死去した。
彼は主に60年代の現代アートを収集しており、1点当たり5億円などと高値が付いた。ジャスパー・ジョーンズ、ラウシェンバーグ、リキテンシュタイン(68年、65年、72年ごろ)、エド・ルシェ(64年、61年)、アグネス・マーテル、デイビッド・ホックニー、ライン・ティーランドらで、1年に1点などと好みの作品を残してコレクションを形成していった。
ホックニーら作家や画廊との交流が深いことも、彼のコレクションの価値を高めた。ジャスパー・ジョーンズと最も親しく、77年、クライトンが35歳の時に美術展のカタログに寄稿したほどだ。がん闘病中の08年4月にも、ジャスパーの展覧会でレクチャーを頼まれ、実施した。
また、例えば、歯科医だった「カーン夫妻コレクション」。2015年11月にNYでオークションにかけられ、約100点が出品され、売上合計は80億円以上になった。特に、アレクサンダー・カルダーのモビールが好きだった。1948年の作品は、予定落札価格が2億2000万円~3億3000万円だったのが、落札結果は約10億円になった。
カーン夫妻は50年代からNYのギャラリーに通ってアートを集めていた。部屋はぎっしりアートだらけ。カルダーのモビール、カルダーのブレスレット、デイビッド・スミスの鉄の彫刻。近代絵画なら、ピカソ、マティス、レジェ、ピカソの陶器などで埋め尽くされていた。
金額的に彼らと同じことをするのは難しいが、姿勢ならば真似られる。好きなものだけを、自分の目利きで、1年1点ずつでも、こつこつと集め続け、途中でポートフォリオの見直しをして入れ替えつつ、自分のコレクションを作る。好きなものを所有することによる独占欲の喜びと、手元に日々置いておくことで目を楽しませられる目の悦び。財産的な価値は二の次で、所有と鑑賞の愉しみだけは確実に味わえる。愛でるモノがある暮らしは、きっと人生を豊かにすることだろう。
(この項終わり)(2017・10・02、元沢賀南子執筆)