東大教授を今年3月に退官した坂村健氏は、国産のコンピューターOS「TRON(トロン)」の研究者として知られる。この4月から東洋大情報連携学部(INIAD)の学部長として、プログラミング科目を必修とする大学教育に取り組んでいる。今後必要とされる、プログラミングの基礎教養のある人材を輩出するのが目的だ。一地方公立大学に過ぎない秋田市の国際教養大が、英語教育を柱に人気を高め、就職率でも優位性を築いたように、プログラミング教育を基礎とした東洋大INIADは今後の注目学部となるかもしれない。
このほど開かれた、「ソフトバンクワールド2017」での講演「オープンIoTの考え方と実践~IoTからIoSへ」で語った。
坂村氏によると、INIADの教育研究棟そのものが、プログラミングを学ぶ施設となっている。棟内には無線通信網が引かれ、空調、照明、エレベーター、ロッカーまで、あらゆる設備がセンサーを組み込んだIoTになっている。コンピューターから指令を送ると、教室や廊下の点灯・消灯・中間消灯、EVのドアの開閉や呼び出しなどの操作ができる。
学生たちは市販や無料公開のソフトを使って、スマホ上でそうした操作ができるソフトをプログラミングする。音声認識や、視覚障碍者のための読み上げサービスなども作る。1年次からプログラミングを習得し、その上でデバイス、エンジニアリング、デザイン、都市工学といった専門領域を学ぶ。
この教育棟のIoTはトロンで制御され、通信網にはLPWAN(ロー・パワー・ワイド・エリア・ネットワーク、低電力広域通信網)を使っている。トロンの優位性として坂村氏は、ほかのOSに比べてウイルスなどの攻撃に強いセキュリティー性能の高さを挙げる。世界的にもIoT分野で使われているという。また、センサーがモノから読み取った小さいデータを送るには、4Gのような高速大容量は不要でLPWANで十分だとする。
東洋大学の挑戦、坂村学部長「モノ同士がつながる先にサービスの連携が来る」
東洋大での実験は、来るべきIoT実現社会の先取りでもある。モノのデータがネットワークを通してつながり、そのビッグデータの解析結果はサービスとして人々に還元される。坂村氏は今後の流れを「IoT(インターネット・オブ・シングス、モノのインターネット)からIoS(インターネット・オブ・サービス、サービスの連携)へ」と見ている。IoSは坂村氏の造語という。「モノがつながっていくと、その先には、モノだけではなくサービスの連携がある」と、坂村氏。そしてIoSの時代には、API(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)の公開が欠かせないとする
「モノ、人、組織由来のサービスが、APIですべて連携できる。そのためにはクラウドの力が重要で、モノ同士の情報がクラウドの中でつながる。つながるにはAPIの公開が重要になる」。一部の大手企業が独自APIを作ってグループ内だけでデータを取るのではなく、新規事業や中小零細企業も含めた誰でも使えるように、APIを公開する「オープンAPI」にすべきだ、と説く。
さらに、IoTで集められた大量のビッグデータの解析には、深層学習によるAIが使われる。AIは並列強化学習によって賢さを増しており、「IoT、オープンソース、ビッグデータ、AI解析」の時代には、人はAIには勝てず、AIを使いこなせる人材が求められる。そうした情報処理の分かる専門家の育成のためにも、東洋大の新学部設立の意味はある。
坂村氏は30年前の1987年にすでに、モノの中にコンピューターが入り、それがつながるという、今でいうIoTの概念を提唱していた。その後、東大大学院ユビキタス情報社会基盤研究センターを設立。トヨタや大和ハウスと提携して実際に住宅を建て、モノがコンピューターにつながるユビキタスの実験研究をしてきた。今春開校したINIADでの実験的な学部棟構想は、その延長にあるものだ。
(2017・07・25、元沢賀南子執筆)