すごいと噂のマイクロソフト・トランスレーター(MST)を試してみたの第2回。前回は、日本語は英語に比べてかなり苦手で、特に聞き取りが下手だと分かったと指摘した。また、接尾語もなかなか覚えてくれない。使ってみて気付いたMSTの六つの特徴のうちの、今回は三つ目。AIにとって「学びどころ」かもしれない。それは--

 3)主語がない場合、主語を勝手に「私は」にしてしまう。前後の文脈があれば違うのかもしれないが、主語に「あなたは」など「私」以外のものが来ることを考えられないようだ。

 前項で試した、「『ね』は聞き取れないね」という文章の翻訳。そのまま何度しゃべり続けても、正しくは聞き取れないまま埒があかなそうなので、コルタナが聞き取る日本語の文章に私が手を加え、「ね、は聞き取れないね」と、書き直した。これでどうだ、トランスレーター。

 すると、表示された英訳は「I can’t hear you.」。

 違うって。それじゃ「私が」「聞こえない」になっちゃうでしょう。失礼な奴だなあ。聞き取れないのは「私」じゃなくて「あなた(コルタナ)」なんだって!

 日本語のニュアンスとしては、主語が私なら、この場合、呼びかけ・同意を求める接尾語の「ね」は付けないものなのに。

 似た例文で試してみる。「日本語は聞き取れないのね」と話したところ、「日本語は」が聞き取れずに日本語のテキスト表示がただの「聞き取れないのね。」になった(この時は、接尾語の「ね」は、直前の会話のテキストを直していたせいか、正しく「ね」と聞き取った)。ところが、言わなかった主語の「あなたは」を、またも勝手に「私は」と解釈し、英訳は「I can’t catch it.」。日本語のニュアンスとしては、主語が私なら「日本語は聞き取れないのよ」または、「聞き取れないんだよ」となり、「聞き取れないのね」という接尾語の使い方は明らかに「あなた」や「彼」「彼女」が主語の時なのに。

 というわけで、まだ言葉のニュアンスを理解できていないらしく、しかも英語圏育ちゆえ、MSTはすぐに主語を探す。かつ、「私」にしたがる。

 ところが、これを何回か繰り返していたら、奇跡が起きた。「『ね』は、聞き取れないのね。」(日本語テキストの「『ね』は」の部分は、残念ながら私がテキストを打ち直して正しくした)の英訳が、「You can’t catch it.」と、「あなたは」になった! ブラボー!!

 ならばと、例文を、日本語の苦手なコルタナにも、もう少し分かりやすいように、説明調にしてみた。

「どちらが私でどちらがあなたなのか?ようやく聞き分けられるようになったね。」と、ゆっくり滑舌よく話しかける。最初は「Which is me and which is you? I finally come to be able to discriminate.」と訳したが、そのうち自分で修正した。「Which is me and which is you? You’ve finally come to be able to discriminate.」と、主語が「私」から「あなた」に変わった。素晴らしい!このまま覚えてくれれば!!

 ただし、トランスレーターが、主語が何もなかった時に「あなたは」と訳することは本当にまれ。その後も、何度も文章を変えて試すものの、なかなか「You」とは訳してくれない。こちらが「あなたは」の主語つきで言い直した方がよっぽど早い。

 もともと、日本語は主語を略して話すから、分かりにくい、と外国人に言われてきたのと同じことだ。我々現代日本人だって、源氏物語を読んで、敬語から主語が誰かを類推するのに苦労したもの。それ以上に、現代日本語は、外国人や外国の翻訳マシンには、主語を言ってくれないと分からない!なのだろう。

 主語が誰かを類推して、正しく翻訳できるようになるには、まだまだMSTは知恵を磨かないといけないかもしれない。

(この項、3に続く)

(2017・8・3、元沢賀南子執筆)