ものづくりの「肝臓」、「リサイクルでなくアップサイクル。価値を上げる」
使用済み溶剤をより高純度に精製、
液晶の製造工程の装置は世界シェア9割
日本リファイン
そのまま捨てればゴミ、分別・回収して資源として再利用すればリサイクル――。一般家庭だけでなく、企業が製造工程で出す廃棄物も同じことだ。ただし、現代のものづくりは、多種多様な化学物質を使う。さまざまな素材が溶け込んだ使用済み溶剤から、資源を取り出して高純度の原材料に精製する技術で、世界的なシェアを誇るのが、日本リファイン(川瀬泰人社長)だ。ものづくりを静脈系で支える、いわば「肝臓」の役割を果たすリサイクル事業。原料調達コストも環境負荷も下げられる。さらに「価値を上げるアップサイクル」の時代だと、川瀬社長は自負する。
世界シェア9割、価値を高めるアップサイクル
溶剤とは、ものを溶かす液体のこと。主に①液晶・半導体の製造工程での剥離剤など②医薬品の製造工程での反応溶剤や抽出溶剤など③リチウムイオン電池の電極の製造工程での結着剤(バインダー)用の溶剤④印刷インキの接着剤用の溶剤⑤塗料用シンナー、などに使われる。
このうち日本リファインが得意とするのは、精度が要求される前3者だ。最近は、①は台湾や中国で、③は日本や中国で、使用量が急速に伸びており、①と③がメーンとなっている。
同社の市場占有率は圧倒的に高い。①の剥離剤に使うリサイクル装置が全世界のシェアの90%、③の車載用バッテリー製造時に使うNMP(溶剤)のリサイクルが世界の50%、日本の90%、③の製造時に排出されるNMPガスの回収装置が世界の50%、日本の70%を占める。
シェアを支えるのは、独自の技術力だ。
例えば剥離剤のリサイクル装置。液晶や半導体は、基盤に塗った樹脂が光に反応して回路を作る。完成後の余分な樹脂を洗い落とすのに、強力な剥離剤が大量に使われる。これを精製して再び剥離剤として使えるようにするのが同社の仕事だ。
溶剤リサイクルの利点は、精製をすればするほど純度が上がることだ。新品よりもリサイクル品の方が品質が良くなる。「リサイクルではなく、価値を高めるアップサイクルだ」と川瀬社長が話すゆえんだ。
純度が高いほど製品の精度は上がり、不良品も減る。新品に比べて価格も安い。ゴミも、二酸化炭素の排出量も減る。つまり、企業にとってのみならず地球にもやさしい。
ただし、使用済みの溶剤は、素材や製法などがメーカーごとに違う。溶け出している成分も違い、組成の割合によって危険性も異なる。自己反応性物質(ある温度を超えると勝手に反応して爆発を起こす)が含まれることもある。事前に試液でテストをして安全性を確保する必要がある。
液晶関連事業は、日本のパネルメーカーの台湾進出に伴い、海外事業部を立ち上げた。結果、いまや台湾では、液晶装置工場の95%で同社の装置が使われている。最近は中国に生産拠点が移りつつあり、そちらにも拡大している。
省エネ高効率の設備、社長が中国で着想
リチウムイオン電池は今、次世代の電気自動車への搭載などで消費量が急速に伸び始めている。製造が増えれば、その工程で使われ排出される極性溶媒(NMP)も増えることが必至だ。
NMPは揮発性の溶剤だ。これにリチウム化合物を分散させて、銅やアルミの箔に塗って接着させる。乾けば完成だが、同時に大量のガスが出る。ガスをそのまま排出すれば大気汚染の元となる。ガスを回収して液に戻し、精製して再利用するのが最善だ。このガス回収装置の仕組みは、川瀬社長自らが思いついた。
15年ほど前のことだった。川瀬社長は中国のリチウムイオン電池メーカーの工場に行った。工場の排気口の近くにある木だけが枯れ、社員がのどの痛みを訴えていた。揮発性の溶剤のせいだろう。ところが、別の工場では、排気を水の中に出すようにしたら、社員のクレームがなくなったという。
「そんなに水がガスを吸着するのか」。川瀬社長は閃いた。水を通す装置を何層か重ねて多段方式にすれば、より効率よくガスを水に吸着させられる、と。
NMPを含んだ排ガスの濃度は1000ppm、排気温度は80℃。この排気中のNMPガスを水に吸わせ、蒸発させればNMPだけが高濃度で回収できる。こうして完成させたのが、同社独自のNMP回収装置「エコトラップ」だ。
肝は、ガスをいかに効率よく水に吸着させるかだった。水を大量に使うと、精製に大量のエネルギーが必要になる。水の分散をいかに効率よくして、量を減らせるか。NMPが80~85%になるように制御できれば可燃性もなくなり、安全性も増す。得意な熱移動の技術で、排ガスの熱を水の蒸発に使うため、外から足すエネルギーが不要な超省エネ設計でもある。
最終的に、装置を通って空気中に排出されるNMP濃度は0.2ppm以下になり、欧州の規制にも対応できた。環境負荷も減った。回収できるNMPは99.8%にも及ぶ。
こうしてガスから回収した溶剤は、日本リファインの精製設備に運び、精製させる。国内に4工場、中国に2工場、台湾に1工場がある。回収・精製した溶剤を再び使うなら、溶剤の調達コストは新品の3分の1~4分の1の価格で済む。しかも回収装置で精製したリサイクル溶剤は圧倒的に不純物が少なく、出来上がりに不良品ができにくい。まさしくアップサイクル品だ。
初期投資は高いものの、メンテナンスはほとんど不要。工場に装置を導入した企業にとって、いいことづくめ。
ちなみに、NMPを焼却処理する場合に比べて、CO2発生率は91%も削減できている。また、活性炭吸着法というNMP回収方法もあるが、川瀬社長によると、使用済み溶剤を排出量の半分ほどしか回収できないうえ、精製過程でエネルギーロスもあるという。
次の課題は「こころのリファイン」
こんな独自技術で世界に売り込んでいる日本リファインだが、実は最近、まったく新しい分野への進出に本気で乗り出した。
川瀬社長が大前提とするのは2030年問題だ。「2030年には地球環境問題が人類の大問題になると言われている。人口は増え、化石燃料は残り少なくなり、生物多様性は劣化する。気候変動や大気汚染、肥料問題などで植物資源は枯渇し、生態系が崩壊するかもしれない」
そんな時代に、この会社は何をすべきか。どんな会社になるべきか、なりたいか。そんな命題を、40歳前後の若手社員に与えた。環境制約から逆算して、10年後の会社像を考えること。プロジェクト名は「バックキャスト10」。人選を40歳前後に絞ったのは、彼ら自身が10年後、自分たちが考えた事業を実現するリーダーになるべき年代の社員だからだ。
彼らからの提言は、実際に中期経営計画の骨子となった。これまでの事業の延長線上にない新しいことを研究し実現するため、「未来創造研究室」も東京に作った。会社の過去の歴史にとらわれず、心が豊かになる新しいビジネスの種を探せとはっぱをかけている。
そして、昨年2月、会社の経営理念に三つ目の「こころのリファイン」を加えると発表した。これまでは「資源」と「環境」、二つのリファインだった。
「人類が持続的な発展を実現できるためには、資源、環境だけでなく、こころのリファインが必要」と、川瀬社長。「こころのリファイン事業」とは、人が豊かになるための「コト」「モノ」を提供することという。その一つが「グリーン溶剤」への変革だ。
グリーン溶剤とは、地下資源由来ではなく、バイオなどを利用して地上にある資源で作られる溶剤のこと。従来品から置き換えることでCO2問題がなくなると期待される。
今はまだ、反応速度が遅い、大量生産ができないといったバイオならではの問題点がある。だが将来的には、「バイオにアップサイクルを組み込んで循環させる」と、川瀬社長。大循環によってコストダウンも可能になる。
食や文化のビジネスを模索
さらに、溶剤とはまったく無関係のビジネスにも挑戦することを決めた。
「安心、安全で持続可能な社会にしたい。心豊かなライフスタイルを提供したい。『健康寿命を延ばす』ことも会社の理念。そのための事業として考えている」(川瀬社長)からだ。
一つは、すでに子会社にした「シー・アクト」だ。藻類(藻)や微生物を使うベンチャー企業。東北大環境研究所出身の筑波大教授が立ち上げた。食物連鎖の末端にいる藻は栄養価が高い。藻や微生物などから、ヒトには必須だが自らは生成できないDHA、EPAといった栄養素を作ることを試みる。
これもまた、食料分野での既存の資源(水産資源)から地上資源への転換の一つ。今後の食料不足をにらみ、藻や微生物で作ったDHAやEPAで魚を養殖したり、ハードルは高いが人間用のサプリを作ったり。それがかなえば、マグロ1匹にイワシ700匹を消費しなくても養殖ができる。水産資源に代わる地上資源は世界からも注目されているという。
もう一つ、まったく毛色の違う新事業が、伝統工芸の通販など、文化にかかわる展開だ。書や陶芸、着物などをリメークしてアップサイクルし、海外、特に欧州の人に売れないか。英語、フランス語、イタリア語でホームページを開設し、知人の書家、陶芸家などと組む予定だ。CSRでなくビジネスとして儲かる仕組みを作りたい。
日本リファインのホームページや川瀬社長の名刺には、鹿児島県・屋久島の屋久杉の写真が載っている。これが同社の理念にも通じるという。
「厳しい自然の中、環境に順応して自らの形を変えて生き延びている。それぞれの生物が共生し互いに助け合う。生物多様性がいかに大事かを教えてくれる」
そんな多様な社会をめざし、溶剤だけでなく、食や文化までもアップサイクルな社会を、川瀬社長は目指している。