人・モノ・情報をつなぎ、明日のモノづくりと新しいワークスタイルを応援する

第1回 「社外のほうが重宝された」レゾネスト

情報生活を変える

子供向け教育グッズ、町工場向けIoT制御装置

技術で社会に貢献する、元ソニー技術者が起業

いま流行りのIoT(物のインターネット、インターネット・オブ・シングス)って何? どう変わるの?という疑問を持つ人も多いだろう。「単にモノとネットワークがつながるだけでなく、情報生活が変わる」。こう説くのは、ソニーから独立起業した技術者、前川博俊さん(60)だ。IoTを取り入れて、子供向けの学習機器から、町工場の製造制御装置まで開発。情報生活を変える技術で社会に貢献したいという。

 

IoTで子供向け玩具

昨年秋、都内で子供向けのイベントが開かれた。幅5センチ、長さ12センチ、高さ2センチほどの小さな器械の箱を数個、子供が壁一面に並べた。その前を、同じような器械を持って動き回ると、手にした機器から音が流れた。壁の器械から遠ざかったり近づいたりすると、音程が高低する。まるで参加型アートだ。子供は興奮して大はしゃぎ。その姿に、開発した前川さん自身も喜んだ。

この機器は、子供向けの学習ツール「フシギ道具」。小さな箱は5種類。透明な樹脂ケースの中に基板が入っており、それぞれ異なる機能を搭載している。

音声を拾うマイク、図や写真や景色を認識するカメラ、距離を測る超音波距離センサー、音を出すスピーカー、文字や模様を表示するディスプレー。機器同士が反応して、音や画像を出す。

例えば、カメラ(画像認識)とスピーカー(音声出力)を繋ぐ場合。この色を認識したらこの声を出せとプログラムすれば、かざした色ごとに音声が変わる。色を並べ替えて写せば、物語を変えられる。色でなくても、カメラに認識させるのは、絵でも写真でもいい。音声も、マイクをつないで拾えば、楽器や自然の音から、人の話し言葉なども入れられる。

さらに距離センサーを付ければ、かざした物との距離によって違う音を出すようにプログラミングできる。機器同士を近づけて遊ぶことを想定していた前川さんにとって、自分が動いて音を変えた冒頭の子供の遊び方は驚きだった。

「子供は面白くないと遊ばない。評価が一番ストレートなのが子供」と、前川さん。「たまごっち」程度の大きさまで小型化させ、子供たち自身が「自ら考え自ら学ぶ」知育商品にするのが目標だ。社員研修などにも応用できないかと考えている。

この機器の肝は、前川さんが作ったのは、各種センサーと通信の仕組みだけ、という点だ。中身や使い方を考えてプログラムをするのは子供一人ひとり。それぞれにオンリーワンの玩具になる。彼らの動きで変化する「ウエアラブル・アート」でもある。

ふつう、こうした装置の開発には金と時間がかかる。仕組みを作るプログラマーに何千万円かで委託し、1年半から3年もかける。現場である子供たちからも遠い。それが前川さんの場合、安い試作品で作りながら遊んでもらい、「これがしたい」といった生の声を拾う。次は加速度センサーと扇風機をつなごうなどと、ブラッシュアップに生かせる。

この「フシギ道具」は、IoT技術を使ったセンサーとデバイスの連係システムの実践例でもある。こうした「空間体感コンテンツ」の開発が、前川さんが起業する第一の目的だった。

「技術者として価値の変遷を見てきた。70、80年代は品質や機能、95年からは便利さが価値だった。2015年からは使い道が価値となるはず」

これから20年はIoTの時代、使い道が価値

「買い物、コミュニティーと、人の交流が広がったウェブ時代ももう20年。熟成し、そろそろ人々は疲れてきた。次は画面から外へ、実空間へ出ていく。センサーの時代、リアル空間コンピューティングの時代、リコメンドが町中で起きる。最近、ARやVRが注目されるのは、情報をリアルと組み合わせたいという人々の根源的な欲求からではないか。これからの20年はIoTの時代だ」

IoT分野ではすでに、グーグルが開発した血糖値を測れるコンタクトレンズとか、心拍計で酸素消費量を測れるヘッドセットとか、空車か満車か分かるセンサーを埋め込んだ駐車場などのように、開発・実用化されているものもある。

こんなふうに、IoTでモノと通信網がつながることで、生活がどう変わり、どう便利になり、どんな価値が生まれるか。「モノづくりは、モノだけでなく人の活動を変えることに意味がある。それを使うと何が実現できるか、使い道を考えなくてはいけない」

かつてITが出現する前は、固定電話や駅前の伝言板、電話帳だったものが、携帯電話、ネットの掲示板、ネットの検索サイトに取って代わられ、生活の仕方が変わったように。デバイスとコンピュータ、デバイス同士、センサーと受信器など、いろいろなもの同士がつながることが、情報生活を変えていく。

「情報をクラウドに上げるのが最近の傾向。だが、IoTでセンサーがネットにつながると、データ数が膨大になり、兆の大台に乗るとされる。これではサーバーがさばけない。クラウド以外の手段でないと。現場でリアルタイムにモノ同士、センサー同士がつながるのが圧倒的に有利だろう」と、前川さん。

光ディスク、CCD、プレステ…ソニーで研究開発

もともと、ソニーで技術者として32年間働いてきた。大阪大学大学院修士課程を修了して入社したのが1982年。ちょうど最初のCDプレーヤーがソニーによって世に出た年だ。最初に携わったのは書き込み型光ディスクの開発。アナログの時代で、試作品は手作業ではんだ付けして作った。開発、試作、設計、量産まで一気通貫に手掛けた。

85年に情報処理研究所へ異動。第2次AIブームの中、デジタルカメラに必須の技術であるCCD(撮像素子)の自動設計システムの開発に携わった。

その後の95年、「ディジタル・ビジョン・ラボラトリーズ(DVL)」に研究員として出向。新聞が放送に、手紙がeメールにと、技術がメディアを変える時代、雑誌に代わる「第6のメディア」を作るのが同社の使命だった。通産省(当時)が音頭を取った、国策事業だった。

ウェブ言語であるHTMLの開発が89年、インターネットのwwwが始まったのが91年、ブラウザのネットスケープの日本上陸が95年。インターネットが未整備の中、DVLは検索原理を開発した。この特許はその後、競売で民間の手に渡り、いまやグーグルに引き継がれている。

2000年にソニーに戻った前川さんは、eコマースやウェブ上の掲示板を研究した。02年には、データ分析をする小会社ヤングラボラトリーの取締役も兼務に。ちょうど掲示板を使った知識のクラウド化が始まったころ。掲示板やSNSを分析すると世相が分かった。世の中で何が受けるかを調べ、インターフェースの変更など商品開発に生かした。

02年から10年まで、ソニー時代に最も長くかかわったのがプレステだ。06年からはプレステを手掛けるソニー・コンピュータエンタテインメントの部長に。

開発が進んでいたプレステ3で社会貢献しようと、スタンフォード大の創薬研究に分散コンピューティングで協力した。また、若い設計者が新しいユーザーインターフェースを開発するのをディレクション。加速度装置のついた、精度の高いモーションコントローラーを作った。

プレステの後は3年ほど、IoTの視点で新製品を開発する部署にいた。そして2014年3月末、役職定年を迎えたのを機に退社した。

ソニーを辞めることは、その1年ほど前から考えていた。役職定年は、それまでソニーにはない制度だったが、業績悪化やリストラなどを経て導入された。ただ、以前から辞める先輩はいた。50歳を過ぎるとぱらぱら辞めていき、定年まで残る人はほとんどいなかった。

妻には反対されなかった。実はちょうど入れ替わりで医学部を卒業、医師として再就職するタイミングだった。子供もまだ小学生。独立起業すれば子供と一緒に過ごせる自由時間が増えるのも魅力だった。

とはいえ、最初から仕事があるわけではない。仕事が取れる見込みが立った15年5月、株式会社「レゾネスト」を興した。共振、協調、共感を意味するレゾナンスと、ひよこがいる「巣」を表すネスト。始動しようとしている巣ごもりの人を、技術で共振させて成長させよう、という趣旨だ。

技術でモノづくりを側面支援

事業は2本柱。一つは、創業の目的である、自分で開発する事業。「フシギ道具」などだが、こちらは儲けがすぐに見込めない。そのため、もう一つ、「21世紀型モノづくりの支援」を収益の柱にしている。①セールスプロモーションの知識化②人材スカウトシステム③結晶製造装置の自動制御、をすでに手掛けた。

「ソリューションアーキテクト(解決法を組み立てる建築家)」を自任する。問題を解決するには何をするか。ロボットを使うなら、どんな機能を作る必要があるか、それにはどんな人材がいいか。予算と納期を管理してプロデュースする。

最初に手掛けたのが、店頭POPを作っている会社の、広告コピーのIT化だ。

買い物カートにタブレットを仕込み、セール品の商品棚に客が近づくと、音声でPOPを読み上げる。遠い場所の店内放送も聞こえる。人の動線データも取れるので、棚の配置に生かせる。店員に持たせれば、客と店員の位置関係も把握できる。過去の購買傾向が分かるストアカードと連携すれば、その客がよく買うものや好きな商品のセール情報を流せる。POPをロボットに変えれば、客への応対も可能になる。

端末によって、客ごとに、より効果的なお勧め情報の発信もしつつ、動向も把握できるわけだ。

人材スカウトでは、会社の陣容とプロジェクト内容に応じて、必要とされる人材は変わる。技術的な能力よりも、人柄や意欲、仕事が丁寧か、周囲とコミュニケーションが取れるか、といったことのほうが、しばしば意味を持つ。ゆえに人材マッチングが必要なのだ。ソフト会社に協力して、ディープラーニングを使ったマッチングシステムを作り上げた。

三つ目の結晶製造装置は、16年10月に特許を出願した。事務所を置いているインキュベーション施設「ガレージスミダ」で知り合った起業家の新事業。

ある物質を高温で溶かして固めると、規則正しく並んだ均質な単結晶になる。これは、レーザーや放射線検知装置など特殊な機械に需要がある。だが単結晶の製造機械は高額で、大学の研究室や小さな町工場は導入できず、新素材の開拓ができなかった。

そういう小ロットは、研究者や職人が24時間、手作業で作ってきた。熱のかけ方、二つの物質の押し上げ・引っ張り方など、四つの作業をおのおの制御する。機械学習で学ばせ、熟練者に代われるようにする。

「こんな風に、新しいことにチャレンジしている人を、技術面から側面支援したい。そういう事案は山のようにある。単位が小さくてコンサルタント会社が入らないところに、産業の芽がある」

ただし、スタートアップした起業家同士はお互い、お金がないもの。手弁当の助け合いだ。

 

「お父さんが会社設立」子供の10大ニュースに

前川さんの「フシギ道具」の開発はまだ発展途上だ。単機能に絞って、よりブラッシュアップして、いずれ「キラーアプリを作りたい」と話す。

幸い、ソニー時代にいろいろな専門分野を経験させてもらった。時代ごとに必要とされるものは変わる。その都度、必要な技術と知見を蓄積できた。結果、デジタル、アナログ、システム、アプリ、コンテンツ、すべてが分かる。アナログやハードが分かる人はいまやほとんどいない。この蓄積が、若い起業家にはない強みだと思う。

でも、社内に残ってもできる仕事だったのでは?

「大きな会社は組織を動かすのに二つの問題がある。一つは社外組織。部品の供給網や販売チャネルが出来上がっていて、壊せない。もう一つは、社内で説得すべき人が多いこと。普通、新しいことをする時、賛同・協力が2割、無関心が6割、反対が2割と言われる。反対以外の8割を説得しないと進まない。その点、独立したら、賛成してくれる2割の人たちと積極的に攻めることを考えればいい。会社では付き合う人を選べなかったが、今は自分で選べる」

独立して一番良かったのは、自分の価値が分かったことだという。会社員時代は、自分は駒に過ぎない、「こんなものだ」と思っていた。それが、社外に出たらすごいと言われる。重宝してくれる人がいる。

いろいろな専門を経て様々な蓄積があっても、この年になると、会社では限定的にしか必要とされない。引き出しはたくさんあるのに、一つの引き出ししか求められない。そんな風にして席を温めているだけなら、外に出たほうが世の中の役に立つのではないか、と思った。実際に喜んでくれる人がいる。必要とされる場所がある。

「今も会社にいる人は気づかないのでしょうが、外に出たら売れるよ、と教えてあげたい」。子供の教育費や住宅ローンなどで動けないという人は多い。けれど、辞めて独立した今の「すがすがしさ。この解放感」は何物にも代えがたい。

経営者には終わりはない。寝ても覚めても会社のことを考える。会社員の仕事には終わりがあるが、自分で経営すると「終わりはない」。それでも面白い。

もう一つよかったのは、子供との時間を取れるようになったことだ。会社員時代はずっと会社にいて、自宅にはいなかった。例外的に半年ほど、妻が医学部で多忙な時期に、子供を保育園に送迎し、ご飯を食べさせ、寝かしつけてから朝4時まで持ち帰り仕事をしていた時期はあったが。

それが今、パソコンがあれば事足りるため、自宅で仕事をすることが多い。子供がいるので一緒に遊ぶことも。資料の印刷とかホチキス止めとか、簡単な作業を手伝わせることもある。働く姿を見せられる。「フシギ道具」用の機器のはんだ付けを手伝わせたら、すっかりハマって上手になった。

最近、うれしかったことがある。昨年、子供が小学校で我が家の10大ニュースを発表した。その1位は「お父さんの会社ができたこと」だった。「最近はお父さんが面白い」とも言われた。まだ10歳。そんな風に受け止めてくれたことが何より誇らしい。

写真はすべてインキュベーションオフィス「ガレージスミダ」で撮影。下の4枚は、ガレージスミダを運営する浜野製作所の様子。同社は自社工場の一画を、3D製作機械など工作機械の一部とともに開放し、前川さんら志ある起業家に貸している)

 

「ソニーの魂」トップページに戻る

レゾネストについて詳しく知りたい方はこちら

PAGETOP
Copyright © Small&Bright 〜モノづくりニッポン〜 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.